1.サイトカイニン研究
サイトカイニンは、オーキシン存在下で細胞分裂を促進する物質の総称で、植物ホルモンのひとつに数えられています。その活性が報告されてから現在までの半世紀以上にわたる研究の成果から、サイトカイニンは形態形成や窒素栄養の情報伝達など植物の多くの生命現象に関与していることが知られています。植物の生き様を理解しようとする植物科学において、サイトカイニンの代謝や生理機能およびその作用機構を解明することは学術的に重要な課題です。また一方で、植物の形態形成や窒素栄養は、農作物の生産性を非常に大きく左右する要因でもあります。したがってサイトカイニン研究は、農作物生産に直結する知見を私たちに与えてくれます。
TOPICS
- 1−1.サイトカイニン生合成系の初発反応を担うIPT遺伝子の発見
- 1−2.高活性サイトカイニンtrans-zeatinの合成に主要な役割を担うCYP735の同定
- 1−3.サイトカイニンの新規活性化経路の発見
- 1−4.イネの生産性とサイトカイニンの活性調節機能
- 1−5.病原性土壌細菌とサイトカイニン
- 1−6.サイトカイニン生合成における鍵酵素の反応機序の解明
1−1.サイトカイニン生合成系の初発反応を担うIPT遺伝子の同定
サイトカイニンの機能発現は三つの段階、すなわち、サイトカイニンの代謝(生合成・不活性化)、輸送(膜輸送系による短距離輸送・維管束系による長距離輸送)、情報伝達機構(受容・情報伝達・遺伝子機能調節)により制御される可能性が考えられます。私たちは、その最初のステップである生合成の初発反応を担う遺伝子(AtIPT1, AtIPT3-AtIPT8)を、シロイヌナズナで同定しました(Takei et al. 2001)。この遺伝子がコードするIPT酵素は、ATP/ADP/AMPとDMAPPを基質としたN6-(2-isopentenyl)adenine ribotide(iPRPs)の生合成を触媒します(図1; Takei et al. 2001, Kakimoto 2001)。
植物の根は、硝酸イオンなどの窒素栄養に応答してサイトカイニンを生合成し、道管液中のサイトカイニン含量を増加させます。このことは、サイトカイニンが根−地上部間の窒素情報伝達物質として機能しうることを暗示しています。私たちは、発現解析や遺伝子欠損変異
体を用いたサイトカイニン分析の結果から、硝酸イオンやグルタミン代謝がサイトカイニン生合成の制御シグナルであることを明らかにしました(Takei et al. 2004),(Kamada-Nobusada et al. 2013)。
- 図1:シロイヌナズナにおけるサイトカイニンの代謝経路モデル
- iPやtZのイソプレノイド側鎖と、cZのイソプレノイド側鎖は、それぞれ主に非メバロン酸経路(MEP pathway)とメバロン酸経路(MVA pathway)から供給されるDMAPPに由来します(緑矢印)。
我々が同定した植物のIPTは、DMAPPとATPやADP(あるいはAMP)を基質として、iPRTPやiPRDPを生合成します(青矢印)。iPRTPやiPRDP は、iPの前駆体であるばかりではなく、tZ前駆体の生合成にも利用されます。
我々が同定したCYP735Aは、iPRDPやiPRMP(もしくはiPRTP)の水酸化によるtZ前駆体の生合成を触媒します(赤矢印)。従来、これらリボチド型のサイトカイニン前駆体は、脱リン酸化と脱リボシル化の二段階の反応により活性化されると考えられてきました。しかし、経塚先生との共同研究の成果から、植物には、LOGが触媒する新規サイトカイニン活性化経路(橙矢印)が存在することが明らかになりました。
1−2.高活性サイトカイニンtrans-zeatinの合成に主要な役割を担うCYP735の同定
多くの植物で共通して検出されるサイトカイニンとして、N6-(2-isopentenyl)adenine(iP)と、カルスを用いたバイオアッセイ系でより強い活性を示すtrans-zeatin(tZ)が挙げられます(図1)。iPは、iPRPsからリン酸基とリボース基が脱離されることで生合成され、tZはiPRPsのイソペンテニル基のトランス位が水酸化された後に脱リン酸・リボース化されることで生合成されます。私たちは、iPRPsを生合成するAtIPT遺伝子に続き、tZ生合成の鍵反応であるiPRPsの水酸化を担う遺伝子(CYP735A1, CYP735A2)を同定しました(Takei et al. 2004)。この遺伝子機能の研究により、iPとtZの生理作用は異なり、tZには葉や花茎など地上部の成長を促す作用があることを明らかにしました(Kiba et al. 2013)。この結果は、サイトカイニン分子の側鎖の修飾による「質」の変化が、サイトカイニンの作用を制御していることを示しています。
1−3.サイトカイニンの新規活性化経路の発見
さらに私たちは、東京大学の経塚先生らとの共同研究により、新規のサイトカイニン活性化酵素遺伝子LONELY GUY(LOG)をイネから発見しました(Kurakawa et al. 2007)。LOGは分裂組織の維持に重要な役割を果たしており、この遺伝子を欠損したイネでは、生殖器官が正常に形成されません。このことは、サイトカイニンの適切な活性化がイネの生産性に非常に重要であることを示唆しています。
また、LOGのホモログ遺伝子族がシロイヌナズナにも保存され、多重欠損変異体を用いた形態的な表現型解析とトレーサーを用いた代謝解析から、LOGを介した活性化経路が主要な経路であることを明らかにしました(Kuroha et al. 2009),(Tokunaga et al. 2012)。つまりイネだけではなく広く植物に存在する重要なサイトカイニン活性化経路であるといえます。
1−4.イネの生産性とサイトカイニンの活性調節機能
サイトカイニンがイネの生産性と密接に関連することは、名古屋大学の松岡先生・芦苅先生らとの共同研究の成果からも知ることが出来ます。コシヒカリ(日本型)とコシヒカリより一穂籾数が多いハバタキ(インド型)を用いた一穂籾数の量的形質遺伝子座(QTL)の解析を行ないました(写真下)。その結果、ハバタキの一穂籾数が多い形質の44%に寄与するQTLの原因のひとつは、サイトカイニンの分解による不活性化を担うOsCKX2の発現レベルの違いであることが示されました(Ashikari et al. 2005)。
- 写真:コシヒカリ(左)とハバタキ(右)の穂
- ハバタキは、コシヒカリの約2倍の数の実をつけます。この違いの要因のひとつがサイトカイニンの分解酵素遺伝子OsCKX2にあることが明らかになりました。
1−5.病原性土壌細菌とサイトカイニン
植物だけでなく、病原性土壌細菌の中にもサイトカイニンを合成するものがあります。それらの細菌は、植物に感染し、サイトカイニンを大量合成することで、根頭がん腫病のような深刻な病気を引き起こします。土壌細菌の一種であるアグロバクテリウムは植物に感染すると、自身が持つTi-プラスミド上のT-DNA領域を植物細胞の核ゲノム中に組み込む性質があります。植物に入ったT-DNA領域には細胞分裂の制御に関わる植物ホルモン(サイトカイニンとオーキシン)の合成酵素遺伝子がコードされており、これらが過剰に作り出すホルモンにより正常な細胞分裂制御が行えなくなり、植物細胞はコブ(写真右:クラウンゴール)をつくります。私たちは、このコブを作るメカニズムの一端として、アグロバクテリウムのIPT酵素である「Tmr」を感染植物のプラスチド内に送り込むことで植物本来のサイトカイニン合成径路を改変し、植物に高活性型のサイトカイニンを効率よく作らせていることを明らかにしました(Sakakibara et al. 2005),(Ueda et al . 2012)。これは細菌による植物細胞の代謝機能改変戦略を分子レベルで明らかにした画期的な研究成果です。
1−6.サイトカイニン生合成における鍵酵素の反応機序の解明
1983年、アグロバクテリウムのTmr遺伝子の塩基配列が報告されました(Heidekamp et al.)。これが、サイトカイニン生合成の鍵酵素であるIPTの一次構造に関する最初の情報でしたが、それから四半世紀の間、その立体構造や反応機序は明らかにされませんでした。私たちは、アグロバクテリウムのIPTの立体構造解析を行ない、その反応機序を解明するとともに、植物と土壌細菌のIPT酵素の基質特異性の違いを決めるアミノ酸残基を同定することに成功しました(Sugawara et al. 2008)。この研究で得られた成果は、サイトカイニン生合成の鍵酵素であるIPTの機能を人為的に調節するために極めて重要な知見であり、様々な作物の生産性向上に大きく貢献すると期待されます。
2.ホルモン解析プラットフォーム
植物ホルモンはそれぞれが独立して作用しているのではなく、相互に影響し合いながら複雑な制御ネットワークを形成しています。つまり植物ホルモンの作用機作を包括的に理解するためには、個々のホルモンの存在量だけではなく、多くのホルモン分子の存在量を包括的に知る「オミクス的」アプローチを取ることが重要です。
私たちの研究グループでは、植物ホルモンの超高感度ハイスループット定量分析を行っています。1つの植物サンプルから40種類以上の植物ホルモン分子種(サイトカイニン、オーキシン、アブシジン酸、ジベレリン、サリチル酸、ジャスモン酸の活性型および前駆体や派生体)を同時に分析することが可能です。
植物種や器官、部位などによって異なりますが、分析には、新鮮重にしておよそ10-100 mg/sampleの植物試料を用いています。一度の解析で、192サンプルの分析が可能です。このシステムを利用して、植物ホルモン蓄積量の動態を明らかにすることで様々な研究成果を挙げています。(Kojima et al. 2009)
定量分析には主にタンデム四重極型質量分析器(UPLC-ESI-qMS/MS)とOrbitrap型質量分析機を用いています。また、自動固相抽出装置を導入することで、作業の効率化及び大量サンプルを扱うことにより生じる人為的ミスの防止に効果をあげています。
私たちは、今後もさらに技術開発を進めていくとともに、多くの研究機関の方々と積極的に共同研究を行う事で、植物ホルモン研究の世界的拠点を目指していきます。
植物ホルモン解析の共同研究は「植物科学最先端研究拠点ネットワーク」の枠組みで行っております。
自動固相抽出装置
分析装置