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生産機能研究グループ

3.有用形質制御遺伝子探索

植物の生産性は遺伝的素因と環境因子の両者によって決定されます。そこで我々は、生産性に本質的に関わる遺伝子機能の研究だけでなく、環境応答メカニズムの研究及び遺伝子と環境の相互作用の研究も行っています。


低肥料でも生産量の落ちない農作物の開発に向けて

窒素は、植物の成長や農作物の生産に欠かせない必須栄養素です。多くの植物は、硝酸イオンを主要な窒素栄養として利用しますが、土壌中では植物が十分に成長するのに見合う量が存在しません。この限られた硝酸イオンをめぐって、土壌中の微生物や他の植物との間で熾烈な争奪戦が繰り広げられています。一方、農業の現場では、生産性向上を図るため窒素肥料を大量に使用する結果、温暖化ガスの発生や水質汚濁などの環境問題や食糧価格の上昇などの経済問題を引き起こしています。植物は硝酸イオンの争奪戦(低窒素環境)を生き抜くために、効率よく窒素栄養を利用する仕組みを備えていると考えられ、その詳しい仕組みが分かり応用できれば、窒素肥料の大量消費から生じる問題が解決できる可能性があります。

私たちは、植物が土から窒素栄養を吸収するステップに着目して研究を行っています。図1畑など好気的な土壌では硝酸イオンが主要な窒素栄養であり、低窒素環境でその吸収を担うのが根の細胞膜上に存在する高親和性硝酸イオン輸送体(NRT2)です。モデル植物シロイヌナズナはNRT2をコードする遺伝子を7つ持っているのですが、私たちはこれらのうち、低窒素環境で特異的に発現する2つの遺伝子NRT2.4とNRT2.5の役割を調べました。NRT2.4は低窒素環境で速やかに発現誘導されますが、発現量はそれほど高くはない遺伝子です。NRT2.5は緩やかに発現誘導されるもので、低窒素環境が長くなるにつれ発現量が高くなるという特徴があります。両者とも、土と直接接する側根の表皮細胞で発現しており、土から効率よく硝酸イオンを取り込むのに適したかたちで配置されています(図1)。

変異体の表現型と発現パターンを考え合わせますと、NRT2.4とNRT2.5の働き方は、肉食動物の捕食に例えられるかもしれません。NRT2.4はオオカミのような追跡型で、根のまわりのごく低濃度の硝酸イオンまでをかき集めて能動的に吸収する輸送体、NRT2.5はライオンのような待ち伏せ型で、次にある程度の濃度の硝酸イオンが供給されてくるまで虎視眈々と待ち構える輸送体です(Lezhneva & Kiba et al. 2014)。追跡型と待ち伏せ型の輸送体を合わせて使うことにより、植物個体として効率のよい窒素吸収が可能になっていると思われます。

現在は、これら輸送体の発現制御の研究を通して、効率のよい窒素吸収支えるメカニズム解明に取り組んでいます。これらの研究は、省肥料でも生産性が落ちず、環境負荷の少ない低投入持続型農業に適した農作物の開発に貢献すると期待できます。


Kiba et al (2012) Plant Cell 24, pp245-258.
Lezhneva & Kiba et al (2014) Plant J 80, pp230-241
プレスリリース: http://www.riken.jp/pr/press/2012/20120111/